がん治療の効果の矛盾-②
院長ブログ
前回のブログでは「Irreconcilable Differences: The Divorce Between Response Rates, Progression-Free Survival, and Overall Survival」(奏効率、無増悪生存率、全生存率の矛盾している相違)という論文を紹介し、奏効率、無増悪生存率と生存率との相関関係は正式には認められていないことをお伝えしました。
治療によりがんが縮小するあるいは進行しなければ、がんが進行しなかった期間の分は寿命が延びる、生存率が上がると単純には考えますが、逆に生存率が悪化することもあるというのはどういうことでしょうか。
論文ではその大きな理由として副作用の問題を考察しており、以下の場合が考えられています。
- ①奏効率や無増悪生存率の改善があっても生存率が低下する場合
-
- 強い副作用が原因で亡くなり、それががんの縮小による延命を上回る
- 強い副作用によって身体がダメージをうけ、その後の有効な治療を受ける機会を失う
- 分子標的薬における長期的な使用
- ②奏効率や無増悪生存率の改善なく生存率が改善する場合
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- 直接的にがん細胞を攻撃することなく作用する免疫チェックポイント阻害薬による治療
なお、患者さんの視点で考えた場合はどうでしょうか。
治療の効果・価値は、本来は患者さんがどれだけその治療を受けて納得したか、良かったかと考えるべきです。たとえば、がんに罹患した患者さんは何を求めるかというと、
●長く生きていたい ●より充実した残りの人生を全うしたい
●がんの進行による苦痛を味わいたくない ●がんによるつらい症状だけではなく、治療による副作用にも苦しみたくない
などです。
極端なケースでは、がんによって苦しむくらいなら、長く生きたくないと話す患者さんまでもいらっしゃいます。延命している期間に、生活の質(QOL=Quality of life)が著しく損なわれているとしたら、延命を望まない場合もあるかもしれません。
そのため、単に生存期間が長くなればなるほど、その治療が患者さんにとって優れている、良い治療であるとは言えないのです。治療によりQOLが損なわれるのなら、多少の延命は望まないと考える患者さんは実際に多いです。
治療法の価値を評価するには、生存期間だけでなく、生活の質(QOL)も含めて考える必要がでてきます。みなさんは質調整生存年(Quality Adjusted Life Year=QALY、クオリー※1)という指標をご存知でしょうか。これは、QOLで調整された生存年を意味し、これを表すには生活の質を数的に示さなくてはなりません。しかし、生活の質を正確に評価するのは容易ではありません。それは単に身体的なことにとどまらず、精神面での評価も必要で、その患者さんの人生観、社会的な立場など様々なことが影響するからです。QOLは全員一律の尺度で評価できるわけではありません。だからQALYの評価は難しいのです。
しかしそうだとしても、もっと単純に、生存期間が同じあるいは多少劣るとしても、副作用の少ない治療法がもっともっと推奨されるべき、と考えるのは私だけではないでしょう。
※1. 質調整生存年(Quality Adjusted Life Year=QALY)はQOL(Quality of life=生活の質)と生存年をあわせて評価する指標。近年は医薬品の評価指標として用いられ始め、特に費用対効果の評価に使用されます。
◆院長ブログバックナンバー
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