伝統医療や様々な代替医療においても、その作用の根底の一つとしては治癒力の向上があるものように見える。生命体の本質でもある治癒力は、現在においても将来的にも現状の自然科学の手法ではほとんどの部分が解明されることはないであろう。免疫系は治癒力の一部として考えることもできるが、治癒力の中で異物の排除に向けられた自然科学的な理解が可能な部分ということもできる。この免疫学の知識を応用した治療法が免疫療法ということになろう。
がんに対する免疫療法は1世紀前に遡るといわれることが多い。 Coley (1881-1935) はバクテリアを混合したワクチンをがん患者に投与して治療にあたった【参考文献2)】。記録によるとこの治療は高度の発熱など、相当程度、副作用の強いものであったが、切除不能の進行癌患者においてその5年生存率は 42 %にもなったとされている【参考文献3)】。当時はこの治療法の作用機構はほとんどわかっていなかったものと思われるが、現在の免疫学の知識からは、細菌のリポ多糖などの成分の作用により腫瘍壊死因子 (TNF) などのサイトカインが大量に産生され、腫瘍の消退を導いたものと理解できる【参考文献4)】。現在の BCG 療法や OK432 などに近い治療法といえる。しかし、当時、出現した放射線療法が脚光をあびて、この治療は引き継がれることなく、また、その後に出現する化学療法に興味が注がれ、免疫療法はその後しばらくの間、積極的に研究されることはなかった。
がん免疫療法は 1970 年代から再び、注目されることになり、これ以降が近年のがん免疫療法といえる(図2)。結核菌製剤である BCG や溶連菌製剤である OK432 (ピシバニール R ) などの細菌製剤が使用され、通常医療として広く使用された。また、担子菌から抽出したグルカンを主成分とした製剤(クレスチン R 、レンチナン R 、ソニフィラン R など)が相次いで医薬品として認可されていった。これらはいわゆる非特異的免疫賦活剤としてまとめられるが、当時の期待ほどには有効性が高くはないことがわかり、その後に適応がかなり狭められた。現在、 BCG は膀胱癌での膀胱内注入、他は化学療法や放射線療法との併用で胃癌、子宮癌、頭頚部癌などで使用されている。
(図2)
1980 年代の中旬からは免疫学の発展によりがんに対する免疫機構が細胞レベル、分子レベルで解明されていく。これ以降に登場するサイトカイン療法、免疫細胞療法、ペプチドワクチン療法は免疫学で解明された知識を基に考案され、実験動物での効果の確認という過程を経て、臨床使用されていったものである。免疫細胞が分泌するサイトカインの分子構造が次々と解明され、それらを合成し、製剤として使用するものがサイトカイン療法である。抗腫瘍免疫応答にかかわるサイトカインであるインターロイキン2 (IL-2) 、インターフェロン (IFN) α、β、γを製剤として投与する治療法である。これらは医薬品として認可され現在まで、腎細胞癌、メラノーマ、脳腫瘍(膠芽腫)、血管肉腫などで使用されている。しかし、これらは大量に使用した場合は高度の発熱とともにショック症状や肺水腫など重篤な副作用も伴い、その治療効果には限界が明かになった【参考文献5)】。サイトカイン療法より少し遅れて登場するのが後述する免疫細胞療法である。また、 1990 年代半ばからは、がん抗原となるペプチドを合成してワクチンとして使用するペプチドワクチン療法が現在まで行われている。
1970 年代に始まった非特異的免疫賦活剤は単一な成分からなる製剤ではないためにその作用機序もあいまいで、また、臨床的な治療効果も不明瞭であった。つまり、これらを単剤で使用しても、腫瘍が縮小し寛解することはほとんど観察できず、奏効率は算定できない。当時はヒトにおいてがん細胞を異物として認識し攻撃、排除する機構が存在するのか、また、そのような免疫反応を人為的に増強することによりがんが退縮することがあるのかという疑問に対しては、だれも明確な答えを持っていなかった。がん免疫療法がまったく市民権がなかった時代であり、その意味では Coley の時代とあまり違いはなかったとも言える。この疑問に対する答えはその後の2つの大発見によって明確になっていく。第1には T リンパ球の増殖因子であるインターロイキン2 (IL-2) のアミノ酸配列が決定され【参考文献6)】、それが合成され臨床使用された【参考文献7)】。メラノーマや腎細胞癌を中心とした臨床試験の結果、一部の症例で腫瘍の縮小が観察されたのである【参考文献8)】。 IFN などはがん細胞を直接に増殖抑制する作用を有するが、 IL-2 はがん細胞への直接効果はなく、あくまでも T リンパ球という生体側の細胞への作用のみである。したがって、生体のがん細胞に対する働きでがんが退縮することが証明されたわけである。この事実から、少なくともがんに対する免疫療法という治療が、その効果の良否は別としても、成立しえるということが証明されたといえる。さらには、これを後押しをするように 1991 年に Boon らによりメラノーマの患者の体内にはがん細胞を認識し攻撃する細胞傷害性 T リンパ球 (CTL) が誘導されており、その標的となるがん細胞上の抗原分子が同定された【参考文献9)】。このことにより、ヒトのがんに対する免疫排除機構は分子レベルで明確に示されたことになる。この最初に発見されたメラノーマの抗原は MAGE (Melanoma Antigen) と命名されたが、その後、この抗原は他の消化器がん、卵巣癌など多くの臓器のがんにも存在すること【参考文献10)】、また、現在までに他にも多くの抗原分子が同定され、ペプチドワクチン療法として広く臨床研究されている 【参考文献1)】。

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