臨床症例報告No.35 (PDF版はこちら 化学療法後アルファ・ベータT細胞療法により3年間安定(SD) を維持している肺腺がん症例 瀬田クリニックグループ/瀬田クリニック札幌  小澤 正則

  • 種類:肺

Introduction

肺がんの罹患率は胃がん、大腸がんに続き第3位である。進行がんで転移しやすいことから予後は不良なものが多く、特に男性においてはがん死亡率の中でも第1位を占める。著者らは、StageⅣの肺がん患者で、化学療法施行後にアルファ・ベータ(αβ)T細胞による免疫細胞療法を10回行い、その後2年間の無治療期間にもかかわらず、引き続きRECIST評価で安定(SD) を維持している症例を経験したので報告する。

Case

症例は、72歳の男性で、家族歴に特記すべき事項はない。喫煙歴は20歳から59歳まで10本/日である。しかしこれまで多くの既往歴を有している(50歳代 尿管結石で破砕術、60歳代 胆石症で胆嚢摘出、64歳 甲状腺がんで甲状腺全摘出、69歳 前立腺肥大、70歳 高血圧・不整脈、73歳 解離性腹部大動脈瘤)。現症: 前頚部に弧状の切開創痕、胸部には理学的に病的所見はなかった。腹部は右季肋下に開腹手術痕あるが、全体に平坦かつ柔軟であった。四肢には運動知覚障害なく、浮腫も認めなかった。
現病歴: 2008年2月に検診にて肺病変を指摘された。3月に近所の総合病院で精査の結果、肺がんと診断された。組織学的には腺がんであった。原発病変は右肺S6にあり,径31.1mmで、すでに両肺野に多数の転移巣が散在していた。ことに同側肺門リンパ節は径15.7mm、対側S6 に径21.9mmの病変があり、StageⅣと診断された。測定可能5病変の長径合計は、74.7mmであった(Figure 1)。そこで同年3月から6月にかけて化学療法(CBDCA+PTX) 3クールが施行され効果判定はSDであった。このため患者はさらに免疫細胞療法を希望し、瀬田クリニック札幌を受診して、同年8月19日よりほぼ2週間隔でαβT細胞による治療が開始された。治療は2009年2月20日まで10回行われて効果判定はSDであった(Figure 2)。この時点で、腫瘍マーカーを含む血清生化学的検査は基準値内にあり安定していた。これ以降、患者希望により全ての治療は中断された。
治療中断後2年経過した2011年2月になり、主治医の下で行われたCT検査で左S6腫瘍の増大傾向(径31.3mm) が指摘された。このため、同年3月より再び化学療法が3クール(CBDCA+PEM; 1クール、CBDCA+GEM; 2クール) 施行されSDの評価であった。その後当院を受診し7月より免疫細胞療法が再び開始された。再受診時の一般状態は良好で、検査では腫瘍マーカー(ProGRP ; 69.4、SLX ; 49,CA19-9 ; 55.3) に基準値を超える値が示された。またこの間、2010年には甲状腺がんの再発(これは2008年から再発が診断) からSalvage手術を受けたため嗄声がみられた。
再受診時の病変は2011年5月のCTで左S6転移巣にやや増大がみられたが、右S6および右肺門リンパ節はほぼ同サイズで変化はみられなかった。これら測定可能5病変の長径合計は88.5mmであった(Figure 3)。したがって2008年3月治療開始より2011年5月までの期間におけるがん病変径和の増大割合は18.5%であることよりRECIST上はSDと判定された。

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Discussion

本症例は、治療開始から3年間CT計測上腫瘍はSDを維持し、このうち2年間はすべての治療が中断された状態であり、良好なQOLを以って日常生活を送ってきた。これには化学療法後のαβT細胞による免疫細胞療法が、相互に作用しあって良好な状態を維持できたものと考えられた。これまで瀬田クリニックグループでは開設以来10年間に経験した症例のうち画像情報の比較が可能な848例の検討から、免疫細胞療法の病勢コントロール率を55.2%と発表してきた。このうち完全奏効CR1%、部分奏効PR12.3%、6カ月以上の長期安定(Long SD) 11.8%,SD30.1%であった。この結果から免疫細胞療法の主たる効果はLong SDおよびSDにあることを明らかにした。高橋らは、免疫化学療法の目標を増殖抑制を主にすべきとして「癌休眠療法」を提唱している(Figure 4)。これによれば「延命するための方法は、縮小だけではない。それは治癒とは全く異なる線上にある増殖の抑制である。増殖が抑制されれば、延命につながることは言うまでもない。そして縮小では「より小さく」であったのに対し、増殖の抑制では「より長く」が目的となる。縮小した症例よりも縮小せず増殖速度が遅くなるだけの症例でも継続することにより、延命期間が長くなる可能性が充分考えられる」とされている。今回提示した症例はこれに相当するものとして紹介した。

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