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創設者・江川滉二東大名誉教授の“志”Vol.8 受け継がれる江川先生の志

こうして、1999年春、国内初の免疫細胞治療専門の医療施設が開院しました。

  • 瀬田クリニックの施設風景 左)らせん階段が広がるロビー 中)広い庭が見渡せる待合室 右)四季の草花が咲き誇る庭
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瀬田クリニックの施設風景 左)らせん階段が広がるロビー 中)広い庭が見渡せる待合室 右)四季の草花が咲き誇る庭

その後、瀬田クリニックは多くの患者さんや医療関係者の支持を得て規模を拡大し、東京・新横浜・大阪・福岡に拠点を持つ「瀬田クリニックグループ」となりましたが、ここまでの歩みは決して順風満帆だったわけではありません。様々な誤解や無理解による批判も数多く頂いてきました。

それでも、開業から2 万名近くの患者さんに治療をお受けいただくことができ、多くの患者さんが治癒したり、あるいは治癒に至らなくとも長い期間お元気で暮らせるようになったりと、大きな手ごたえもつかんでいます。

その間、患者さんへの治療に注力する一方、この治療を健全な形で普及させるために、臨床研究・治験センターの設立や各大学病院との共同研究など、安全性・信頼性・有効性の向上に向けて様々な努力も積み重ねてきました。

また、当時の医療制度は、自らの免疫細胞を体外で培養・加工し戻すという形態の治療の実施を想定しておらず、免疫細胞治療の普及のためには、法制度から変えないといけない状況でした。江川先生は治療実施と並行して、政府の規制改革会議のメンバーを務め厚労省・経産省の委員として再生医療新法や薬事法改正などにも深く関わった阿曽沼元博氏(現:医療法人社団滉志会代表)らと相談しながら、行政関係者への積極的な働きかけを継続。再生・細胞医療にふさわしい制度改革についても精力的に取り組んでいきました。

その結果、2014 年には、再生医療への期待という追風も受け、免疫細胞治療を再生医療の一つとして規定し、迅速かつ安全な提供を図るための法律が施行される運びとなりました。

江川先生の志から始まったこの挑戦は、患者さん・医師の支援を得て、ついに行政を動かし国を挙げて普及させようという段階にまでたどり着いたのです。
江川先生はさらに、研究活動と治療提供が一体となって免疫細胞治療含め様々な治療を提供する「ミニがんセンター」を設立したいとの夢も持っていました。

2009年、江川先生は残念ながらお亡くなりになりました。
しかしながら、
「治療で苦しむがん患者さんを救いたい」
「ミニがんセンターを作りたい」
その志や想いは、医師・看護師・スタッフ、そして免疫細胞治療に期待を寄せる外部の先生方など、瀬田クリニックグループを支えている全ての関係者の中で今もしっかり息づいています。

2009年5月瀬田クリニック 開院10周年 謝恩の会にて。 江川先生を囲む瀬田クリニックグループのスタッフと、 クリニックを支えてくださっている大学病院の先生方

2009年5月 瀬田クリニック開院10周年謝恩の会にて。
江川先生を囲む瀬田クリニックグループのスタッフと、クリニックを支えてくださっている大学病院の先生方

 

最後に、江川先生がお亡くなりになる直前の2009年春、瀬田クリニックグループが10周年を迎えた際の挨拶で述べた言葉を紹介します。

瀬田クリニックを開設してから2009年3月末でまさしく10年が経過しました。

この10年を振り返ると、免疫細胞療法を取り巻く環境が大きく変わりつつあることに感慨を覚えずにはいられません。

2009年5月 瀬田クリニック 開院10周年謝恩の会にて

2009年5月 瀬田クリニック 開院10周年謝恩の会にて

私たちが瀬田クリニックを開設したときの思いはただ一つ、抗がん剤治療しかない進行がんの患者さん方に、「苦痛の原因にならず、治療を断念せざるを得ないことにもならない、新たな治療法の選択肢を広く提供したい」ということでした。

これまでのがん治療にもいろいろと進歩があったでしょう。

しかし、こと進行がんの治療ということになると、少なくとも患者さんの生死から言えば、この数十年間ほとんど進歩がなかったと言うこともできると思います。そして、これまでの経緯を見てくると、少なくとも近い将来に飛躍的な進歩があるとも思えません。

このことを前提にして、そして進行がん患者さん方の置かれたきわめて厳しい現実に立って進行がん治療の進むべき方向を考えれば、答えは明らかだと思います。

それは、がんを無理にでも治そうとして患者さんを苦しめ、多少の延命はあるものの結局治せない治療から、患者さんの福祉を一つの大きな目標にした治療、つまり治らないまでも、患者さんになるべく良い状態で、なるべく長生きしていただく治療に転換するのも一つの正しい方向だということです。

私たちが、世の中の大きな抵抗にもかかわらず、免疫細胞治療を選択して瀬田クリニックを開設したのは、そうした考えの一つの表れでした。

瀬田クリニック開設当時は、医療界からはほとんど否定的な反応ばかりで、協力を得ることもなかなかできない状態でした。

ところが現状を見ると、世の中は大きく動いています。最近刊行された『免疫細胞治療』という分担執筆の単行本(註:2009年刊)には、非常に大勢の大病院の有力な先生方が免疫細胞療法について執筆しておられます。このようなことは10年前にはまったく予想できないことでした。

また、行政の面では、再生・細胞医療がライフサイエンス分野の重要項目として取り上げられ、それを取り巻く制度的枠組みに関して、厚生労働省をはじめとする各界の英知が参集し、当該分野のさらなる発展のための画期的な動きが出てきました。

免疫細胞治療は再生・細胞医療のまさに中核であるとともに、この分野の実地医療への応用技術開発の基盤をなすものであると考えておりますが、このような行政面での進展も10年前には考えられなかったことでした。

このような変化がもたらされたのは、この分野のリーダーとして私たち関係者全員が常に真面目を旨とし、研究的姿勢を忘れずに、また患者さんの利益を優先して努力してきたこと、そして何よりもそれによって患者さんの支持を得てきたことによるものと思います。

2009年4月27日より、瀬田クリニックは「瀬田クリニック東京」として飯田橋で新しい出発をいたします(註:2015年に御茶ノ水に移転)。これまでの10年間を瀬田という素晴らしい環境の中で過ごせたことは大きな幸せだったと思いますが、この移転を積極的な展開の機として、進行がんの患者さん方にできるだけトータルにお役に立ちたいというわれわれの本来の夢に少しでも近づくため、新しい設備や体制も取り入れ、また多くの医療機関との協力体制もこれまで以上に密接にしてゆきたいと考えております。(2009年4月発行 滉志会広報誌『HOPE』第一号より)

 
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